札幌地方裁判所 昭和42年(ワ)82号 判決 1969年6月27日
原告(反訴被告) 池田穣
右訴訟代理人弁護士 渡辺敏郎
右訴訟復代理人弁護士 富樫基彦
被告 株式会社河嶋コンクリート工場こと 河島コンクリート工業株式会社
右代表者代表取締役 河島善一
被告(反訴原告) 藤本国夫
右訴訟代理人弁護士 山崎小平
主文
一、被告河島コンクリート工業株式会社は原告(反訴被告)に対し別紙第三目録記載の建物から退去し、別紙第一の(二)目録記載の土地上にある丸太三本を足とした縦約二メートル、横約四メートルのトタン製の立看板を収去しかつ別紙第一の(二)目録記載の土地を明渡せ。
二、被告(反訴原告)藤本国夫は原告(反訴被告)に対し、別紙第三目録記載の建物を収去し、別紙第一の(二)目録記載の土地を明渡せ。
三、被告(反訴原告)藤本国夫は原告(反訴被告)に対し、別紙第二目録記載の土地につき札幌法務局昭和三三年四月二二日受付第一一九九二号をもってなされた同月一〇日売買を原因とする所有権移転登記の抹消登記手続をせよ。
四、被告(反訴原告)藤本国夫の原告(反訴被告)に対する反訴請求を棄却する。
五、訴訟費用は本訴反訴を通じ、これを三分しその一を被告河島コンクリート工業株式会社の負担、その余を被告(反訴原告)藤本国夫の負担とする。
事実
第一、当事者の求めた裁判
一、本訴
(一) 原告(反訴被告、以下原告と略称する。)
主文第一ないし第三項と同旨の判決および第一、二項につき仮執行の宣言。
(二) 被告河島コンクリート工業株式会社(以下被告会社と略称する。)
原告の被告会社に対する請求中「別紙第一の(二)目録記載の土地を明渡せ。」との部分につき「原告の請求を棄却する。」との判決ならびに「訴訟費用は原告の負担とする。」との判決。
(三) 被告(反訴原告、以下被告と略称する。)藤本国夫
「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決。
二、反訴
(一) 被告藤本
「原告と被告藤本国夫との間において別紙第一の(一)目録記載の土地につき被告藤本国夫が所有権を有することを確認する。」との判決。
(二) 原告
「被告藤本国夫の反訴請求を棄却する。」との判決。
≪以下事実省略≫
理由
第一、本訴について
一、被告会社がもと別紙第一の(二)、同第二目録の土地他数十筆を所有していたことは当事者間に争がない。
二、被告会社関係(別紙第一の(二)目録の土地の所有権について)
原告は昭和二九年一二月一七日被告会社から別紙第一の(二)目録の土地を買い受けその所有権を取得したと主張し、被告会社はこれを争い、更に、かりに原告主張の売買契約がなされたとしても、原告は当時被告会社の取締役であり、右売買は取締役会の承認がないから無効であると抗争する。これに対し、原告は昭和三三年一〇月二日被告会社との間に、右土地が原告の所有であることを確認する旨の調停が成立した旨主張するので判断するに、原告と被告会社外一四名間の札幌地方裁判所昭和三三年(ユ)第二〇号宅地建物調停事件(本訴昭和三一年(ワ)第七八三号、同第八七三号)において、原告と被告会社との間で別紙第一の(二)目録の土地をその一部とする別紙第一の(一)目録の土地につき原告の所有であることを確認する調停が成立し、その旨の調停調書が作成されたことは原告と被告会社との間で争がなくかつ被告会社は右調停に瑕疵があるとの主張をしていない。そうすれば、右調停調書の既判力が被告会社に及ぶため、被告会社が前示のような主張により既判力と異なる権利または法律関係を主張することは許されないし、当裁判所もまた右の既判力に拘束され、改めて審理をして原告の右土地に対する所有権を否定することはできないといわなければならない。
三、被告藤本関係(別紙第一の(二)目録、同第二目録の各土地の所有権について)
(一) ≪証拠省略≫を総合すると次の事実が認められ、これをくつがえすに足りる証拠はない。即ち、被告会社は昭和二七年一二月ころ訴外三協商事株式会社(以下三協商事と略称する。)から金二〇〇万円余を借り受け、その債務を担保するため当時被告会社の所有であった北海道札幌郡豊平町字月寒三一六番の一雑種地二反二畝一九歩(二、三四二・八〇平方メートル)他数十筆の土地、建物に抵当権を設定した。被告会社はその後右金員の返済ができなかったので、三協商事において昭和二九年一月被告会社所有の全財産ともいうべき前記不動産の競売申立をしたが、競買人がないため最低競売価格が低下し、競売売得金からでは被告会社の債務は完済できず、被告会社の存続も危くなる情勢にあった。このため原告は昭和二九年一二月一七日被告会社から、前記不動産および別紙第一の(一)目録(同第一の(二)目録の土地はその一部)、同第二目録の各土地を被告会社の三協商事に対する借受金債務元利合計約金四〇〇万円に見合う金四一三万円で買い受け、右代金をもって被告会社の三協商事に対する債務の弁済にあて、三協商事は前記不動産に対する競売申立を取下げるに至った。また、原告は当時被告会社に対し四〇〇万円余の債権を有していたが、右買受けの際代金四一三万円としたことの関連で右債権全額を放棄した。結局原告は前記不動産を入手するために約金八一三万円余を出捐した。他方前記不動産の時価は合計金五〇〇万円を超えることはなかった。
(二) 被告藤本国夫は原告主張の前記売買がいわゆる会社と取締役との間の取引にあたり取締役会の承認をえていないから無効であると主張するので判断する。
(1) まず、原告が前記売買契約をした昭和二九年一二月一七日当時被告会社の取締役であったか否かについて検討するに、≪証拠省略≫によれば、原告は昭和二七年四月二〇日被告会社の取締役に就任したこと、その後被告会社においては取締役の任期の満了にも拘らずあらたに取締役を選任していないことが認められ、他にこれをくつがえすに足りる証拠はない。右事実からすれば、原告は商法二五六条一項の規定によりおそくとも昭和二九年四月一九日の経過とともに任期満了によって退任したものであるが、商法二五八条一項の規定によりあらたに選任された取締役が就職するまでなお取締役の権利義務を有することとなるわけである。ところで、商法二六五条は、取締役がその地位を利用して私利のために会社の利益を害することを防止するために取締役の行為を制約した規定であって、原告のように退任した取締役であるが依然として取締役の権利義務を有する者が会社と取引をする場合にも、会社の利益を害することを防止するためにその行為を制約する必要があることは取締役の場合と何ら異るところはないから、右のような者についても商法二六五条の規定が適用されるものと解するのが相当である。
(2) つぎに、別紙第一の(二)目録の土地について、会社以外の第三者である被告藤本が、取締役会の承認がないことを理由に前記売買が無効であることを主張しうるかについて考えるに、商法二六五条は会社の利益を保護することを目的とする規定であるから、会社が自ら無効を主張しない場合もしくは無効を主張しえない場合例えば前記二に認定したように、別紙第一の(二)目録の土地については会社に対して既判力が及ぶため、会社がこれと取引をした取締役の所有権を争うことができず、商法二六五条違反の主張をすることが許されなくなった場合には、会社以外の第三者である被告藤本が商法二六五条違反による無効を主張することは許されないというべきである。
(3) さらに、前記売買が商法二六五条の取引にあたるか否かについて考察するに前示三に認定したように、被告会社は三協商事に対する債務を弁済することができず、被告会社の全財産ともいうべき数十筆の不動産につき任意競売の申立がなされ、競買人がないため最低競売価格が低下し競売売得金からでは三協商事に対する債務を完済することができず、被告会社の存続も危い状勢にあったこと、このため原告は右競売申立を受けていた不動産および別紙第一の(二)目録、同第二目録の各土地を被告会社の三協商事に対する債務元利合計約金四〇〇万円に見合う金四一三万円で買受け、同時に原告の被告会社に対する債権四〇〇万円余についてもこれを放棄し、結局原告は前記不動産を取得するために約金八一三万円余を出捐したこと、これに対し右不動産の時価は金五〇〇万円を超えないものであったとの事情の下では、原告は右取引によって少しも利得していないばかりでなく、被告会社もまたそれによってなんらの犠牲をも払っていないことが明らかである。そうすれば、原告と被告会社との右取引には弊害がみられないから、右取引は商法二六五条にいう取引には該当しないものというべきである。従って、右取引につき取締役会の承認がなかったことは当事者間に争がないが、そのことをもって右取引が無効であるとはいえない筋合である。
四、以上によれば、原告と被告会社との関係で別紙第一の(二)目録の土地につき、原告と被告藤本との関係で右土地および別紙第二目録の土地につき、いずれも原告に所有権が帰属するものというべきである。
五、被告藤本が別紙第一の(二)目録の土地上に別紙第三目録の建物を所有し右土地を占有していること、被告会社が右建物を使用しかつ右土地のうちその余の部分をコンクリート置場に使用していることは当事者間に争がない。また、≪証拠省略≫によると別紙第一の(二)目録の土地上に原告主張の看板が立っていること、右看板は被告会社の所有であることが推認され、他にこれをくつがえすに足りる証拠はない。
六、そうすれば原告が別紙第一の(二)目録の土地の所有権に基づいて主文第一、二項同旨の請求をすることならびに同第二目録の土地の所有権に基づいて主文第三項同旨の請求をすることはいずれも理由があるから、原告の請求を認容することとする。
第二、反訴について
一、被告会社がもと別紙第一の(一)目録の土地を所有していたことは当事者間に争がない。
二、被告藤本は昭和二七年春ころ被告会社から右土地を買受ける旨の予約をし、その後昭和三三年四月一〇日予約完結の意思表示をしたと主張するが、被告藤本提出の証拠その他本件の全証拠によるも同被告の右主張事実を認めるに足りない。却って、本訴において判断したとおり、右土地は原告が昭和二九年一二月一七日被告会社から買受け所有権を取得したものである(成立に争のない甲第七号証(登記簿謄本)によれば、被告藤本主張の売買の予約が原告の売買に優先するために必要な売買予約を原因とする所有権移転請求権保全の仮登記も存しないし、昭和三三年四月二二日の所有権取得登記もなされていないことが明らかである。)。従って被告藤本の反訴請求は失当であるから、これを棄却することとする。
第三、よって訴訟費用の負担につき、民事訴訟法八九条、九三条一項を適用し、仮執行の宣言の申立については相当でないものと認めこれを却下し、主文のとおり判決する。
(裁判官 松原直幹)
<以下省略>